私はアイスを食べるのが早い。
なぜなら、アイスを舐めるのではなく齧るからである。
生まれてから11歳まで私の家はアイスクリーム工場の中にあった。
両親が勤める工場の社宅で、家のドアを開けると暗い廊下を隔てて工場があり、
ベルトコンベアーに乗って運ばれていくアイスを毎日飽きもせず眺めていた。
不思議と製造過程は記憶になく、アイスが出来上がりベルトコンベアーの上に乗せられて運ばれ、
段ボールに入れられる場面しか印象にないのである。
工場に遊びに行くと、働いているおばちゃんの誰かが「形の悪いのができたから」と、先の欠けたアイスをくれる。早く食べるともう1本もらえる。だから舐めずに齧るのが少しでも早くアイスを食べるテクニックだった。
アイスクリーム工場なので当然ながら工場の中には冷凍庫がある。
大人が立ったまま入っていける広さ15畳ほどの巨大な冷凍庫である。
9歳の夏の日、私は普段着のシュミーズ姿のままいつものように工場へ
アイスのおこぼれを期待して入っていった。
何が理由だったのか今となっては記憶にないが、工場で働く母にひどく叱られ、
シュミーズ姿のまま私はその巨大な冷凍庫に放り込まれ外から鍵をかけられてしまった。
電気は点いているものの密閉されてしんと静まり返った庫内に一人でいると
幼いながらも死の恐怖がわいてきたのを憶えている。
しかし私は扉を叩いて「ごめんなさい~!」も言わなければ
「助けて~!」と叫ぶこともしなかった。
静かに涙を流しながら「このまま死んでしまうのか・・・」と、ただ立ち尽くしているだけ。
見るに見かねて工場のおばちゃんの一人が扉を開けてくれ命拾いをしたが、
大人になってからこの話を母にすると、「憶えていない」という。
そして『あんたは小さいころからあきらめの早い子だった。叩いても逃げない。
「なぜ逃げない?」と聞くと「大人にはかなわないから」と淡々と答えるいやな子だった』
と笑いながら付け加えた。
まったくそのとおり。私は9歳にして悟っていたのだ。
大人に抵抗しても無駄なこと。
無駄なことに全力を注ぐことはさらに無駄・・・と。あ~可愛くない。